毎日のようにどこかで「思い出」の積もった場所が消えている高知市

「古くさいし田舎臭いき、新しくて都会っぽいもにしちゃおうや」と、高知市では新しい建物がどんどん建設されています。

高知県高知市からこんにちは。

ずっと雨が降り続いている高知市ですが、雨の多い高知にとっては雨続きは日常茶飯事。書きたい記事を書くには晴れでも雨でも関係ない。そんな風に自分に言い聞かせながら記事をかいています。

実は高知市にまた新たな人気のチェーン店が登場しました。

スタバが高知上陸したのも遅かったですが、265店舗目にして高知県上陸だそうです。

そして、オープンしてからは連続行列が続き大盛況らしいですね。SNSでもいきなりステーキの投稿がやたら増えているじゃあありませんか。高知県民は新しいもの好きらしく、最新スポットには大勢押し寄せるそうです(熱しやすく冷めやすいらしいです。。。)。

 

古くさいし田舎臭いき、新しくて都会っぽいもにしちゃおうや

 

とっても綺麗になった高知駅。木材をたくさん使用した建築様式という意味では「高知の特産品を生かしている」と思います。

ただ、駅だけをみたらどこの都市にある駅なのかがよくわかりませんね。一体高知市はどこを目指しているのでしょうか。

 

これは昭和30年代の高知駅です。さすがに耐震性や来高する観光客の人数を考えると小さすぎます。ただ、高知らしさだけでいえば「高知にしかない」と言えるような駅だったと思います。

高知市を中心に「古くさいし田舎臭いき、新しくて都会っぽいもにしちゃおうや」という考え方がとても多いようにおもいます。道路もどんどん広く拡張されていきます。古い民家は取り壊され道路か高層マンション、パチンコ店になることが多いと思います。

多くの人の思い出の建物が次々と新しいものへと変化していっています。

 

昭和30年代の高知市の姿

戦後から10年近くが経過した高知市です。

この時期は全国どの都市でもこのような街並みだったんじゃないでしょうか。木造建築の民家が密集し、まだ高層ビルが建設されていない時期です。写真の奥に見えるのが鏡川があります。

当時はまだ素朴な堤防風景が続いており、子供たちが清流で魚釣りや水泳、ボート遊びに日々熱中する光景をみることができたそうです。全国的にも市街地の中心を鏡川のような清流が流れることは珍しいことだったそうです。

 

高知城の西にある閑静な住宅地へはいると、見事な土用竹の生垣が長く向こうへ伸びており、和やかな雰囲気を醸し出してます。

当時は藁葺き家屋や練塀のある住宅もけっこう残っていたそうです。

ちなみに現在はほぼ高いブロック塀に囲まれた一般的な現代建築の住居のみで、こういった日本家屋が残っているということはほとんどないと思います。

 

ここは高知市薊野。

現在ではスタバやTUTAYA、大手スーパーや電気屋が立ち並ぶ高知でもトップクラスの商業地区です。

昔は写真のように栴檀の並木が国道のはるかかなたまで続いています。現在の薊野(あぞの)を知っているひとから見ると衝撃的な光景なのではないでしょうか。

 

高知市内では、昭和30年ころ「苫(とま)」という移動式板戸がどの家庭にもあったそうです。

高知県は夏になると横なぐりの風雨が強く吹きつけるので、これを常時立てかけて外縁の濡れるのを防ぎ、また家屋内の畳が強い日差しにより焼けるのを防いでいたようです。

他にもトタンや麦わら張りのものもあったそうです。今では建築様式の改善により、苫(とま)を使う家庭はなくなりましたが、高知市での民家ではこのような風景をみることができたのです。

 

昭和30年代の「稲ぐろと平掛はで」が秋の風物詩だったそうです。

わたしもこんな光景を見たことがなかったので驚きました。ちなみに「稲ぐろ」とは、田んぼで稲を刈り取って脱穀した後の藁(わら)を円錐状に積み上げたものだそうです。簡単にいうと藁(わら)の乾燥と保管のためです。

手前の稲の束が干してある「平掛はで」は、低湿のために地干しができない稲を乾燥させるためのものです。

まだ稲の乾燥機がなかった当時らしい秋の風物詩ですね。

 

新しいテクノロジーの発達により高知の風景が変わっていく

高知では何百年と続いていた高知の風景が、テクノロジーの発達により大きく変わってきています。

「古くさいし田舎臭いき、新しくて都会っぽいもにしちゃおうや」。こういう考え方で街づくりをしていけば、高知の風景は全国どこかでみたことがあるような高知らしくない町に成り下がってしまいます。

高知市はものすごいスピードでチェーン店の進出、マンションや道路の建築が続いています。みんなの思い出のある建物が次々の壊されていき、思い出のない新しい建物ばかりの高知市になってきています。

「耐震」という名の建築ラッシュにより、あと少しすれば高知らしいといえる建物がほぼ消えていってしまうことでしょう。その時の高知市は果たして観光客が訪れたいとおもう高知であるのでしょうか。

昔の高知市の写真を眺めながらそんなことを思う編集長でした。

 

 

横浜市から高知市へ35歳で移住した田舎暮らしに憧れる編集長の小川みのる(@Twitter)です。1部上場企業を退職。家族の介護の為に高知へ。「よさこい、お酒に寛容な県民性、高知らしいレトロな建物」が大好き。サラリーマンをしながら日夜執筆活動をしています。次の世代へわたしの好きな「高知らしさ」をバトンタッチするためにウェブジャーナルを運営中。趣味でトレランをしています。

昭和から時がとまっている村。高知県民でも訪れない土佐山の魅力!!

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