第2部 江戸時代の建築群が現存する高知城の天守閣へ

江戸時代から現存する本丸の内部をご紹介

高知城よりこんにちは。

記事編集中の本日も梅雨の晴れ間となり、室内で気持ちよくパソコンをパチパチしている編集長の小川です。

神奈川県横浜市より高知に移住し4年がたちましたが、まだまだ土佐弁も話せず、完全に高知県民とはいえず、すぐに移住者だと見破られてしまう編集長ですが、高知のことなら平均的な高知県民よりは知っているつもりです。

しかし、そんな編集長ですが、とっても大事な事実をしらずに4年間も過ごしていたのです。

それは、日本中の城で江戸時代からの本丸と大手門の建造群が残っているのは高知城だけという事実なのです。こんなすごいことを知らずに4年も高知で暮らしていたなんて恥ずかしすぎますよ。

 

江戸時代から残る高知城本丸に潜入します

もし本当に追手門から本丸に攻め入ろうとしたらどれだけの兵が必要でどんな策があればここまでこれたのでしょうか。

しかも、江戸時代の土佐藩のときであれば、町民以下は絶対にお城へ入ることができませんでした。お金を払うだけでお城に入れるなんて、当時の町民たちからしてみれば信じられないことでしょう。

 

それではさっそく入場しようと思います。

高知城本丸の受付は、本丸の正面入り口にあります。受付でお金を払って入場することもできますが、団体での受付などで混雑している場合などもありますので、近くにある「券売機」で買うのがスムーズですね。

 

高知城本丸の入場料

大人420円、高校生以下は無料

色々割引もありますので、旅行者の方は割引項目を確認しておくといいでしょう。

ちなみに再入場はできませんのでご注意くださいね。

 

高知城天守・懐徳館・東多門・廊下門の利用料

18歳以上 420円(高校生以下は無料)

 

以下の手帳等を窓口で提示いただける方は利用料が無料になります

18歳未満(学生証等をご提示ください)、高知県または高知市長寿手帳、身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳、戦傷病者手帳、被爆者健康手帳

※上記の方を直接介護または介助するために必要な方1名

 

 

ちょっとピンボケ気味。

本丸は外観から見れば4層なのですが、内部は6階になっています。これは現代の建築と違うところですよね。

ちなみに高知城本丸内部は「写真OK」です。展示物についてはパシャリOKですので、気にせずどんどん撮影していきますよ。

 

一気に天守閣へ行くこともできますが、せっかくなんで正殿から天守閣へいきたいと思います。

また、「東多聞→廊下門」にかけては展示コーナーとなっているので、天守閣を観てから最後に立ち寄ってみたいとおもいます。尚、高知城にスリッパも用意してありますが、ほとんどのかたはスリッパなしで歩かれています。

 

山内家が使用していた家紋「三つ柏」。

ご存知のかたがほとんどだと思います。ある会社のロゴと似ていますよね。。。「三菱」ですね。

三菱は高知県安芸市出身の岩崎弥太郎がつくった会社なのです。岩崎弥太郎は山内家と岩崎家の家紋を合体させて三菱のロゴを作ったといわれています。当時、土佐藩船の船印として使われていたそうですが、本丸に展示してある「家紋」も実際に使われていたかもしれませんね。

この家紋があるのは、入口から西廊下を進んだ「納戸蔵」というところにあります。

 

こちらは2006年大河ドラマになった司馬遼太郎作の「功名が辻」ですね。山内一豊を上川隆也。その妻を仲間由紀恵が演じた気持ちのいいサクセスストーリー。何より、愚直なまでに真面目な一豊を、妻の千代の機転により支え、主のいない浪人だったにも関わらず着実に功名を上げ続け、最後には土佐国24万石に任ぜられるまでになったという話です。

この衣装は、2006年当時仲間由紀恵が実際に千代役で着ていた衣装なのです。

 

 

ここは本丸内にあるお庭。藩主が天守閣にむかう際に通る「天守取合ノ間」にあります。

天守へむかう藩主がこの美しい庭を眺めていたんでしょうね。

 

ここは「帳台構え」という場所。

藩主が武士達のまえで座る「上段ノ間」がある横にある部屋です。狭いですよね。実はこの4畳ほどしかない部屋に武士が控えており、藩主を護衛するためにあったのです。

戦国時代の映画で見かけたことありませんか。大名を襲おうとしたときに横や後ろから武士がわっと出てくる光景。そんな隠し部屋があるならいつか見てみたいと思っていました。

 

この正面にあるのが「上段ノ間」。殿様がすわるところですね。

そして、身分の低い武士が殿様と謁見するときなどは、同じ畳には上がることができず、先ほどに庭にひざまずいて物申すのです。残念ながら、この書院造の間は一般公開されていますが、殿様が座る「上段ノ間」も含め、畳の部分に立ち入ることはできません。残念。。。

 

それでは6階の天守にむけてのぼっていきたいと思います。

お城の階段は、敵がひょいひょいと簡単に登ってこれないようにあえて登りづらいしています。なので、階段が急で天井も低いですよね。うっかりしていると頭が「ガゴッ」っと天井にぶつけてしまうので要注意です。

 

お城の外からもはっきり見ることができる「石落とし」を本丸内部から。

本丸には「忍者返し」といって、鉄剣が石垣と城壁の境目にびっしりと仕込まれているんです。そう簡単には外壁をのぼって本丸を攻撃するなんてことはできないでしょう。

 

「狭間(さま)」ですね。

本丸以外にも、お城には敵を鉄砲や弓矢でねらうための小さな小窓がたくさんついています。もちろん本丸も例外ではありません。

 

城郭のなかにある天守は、最初は重要な軍事拠点であったのですが、江戸時代にはいり、戦乱がなくなったことにより、軍事拠点よりも大名の権威を示すものとしての役割を果たしていたのです。

したがって、しゃちほこや鬼瓦などがあるということは、天守の造りが「見た目重視」になってきているということなのです。

 

2階~5階までは「展示室」になっていますので、一気に6階の天守までやってきました。

ぜひ2階~5階の展示室は直接高知城にいってごらんになってほしいと思います。ここで展示品をすべて公開したらわざわざ高知城へいく価値が少しだけ減ってしまうんじゃないかと思いまして。

天守はとにかく眺めがよいので、腰かけて景色を眺めている観光客のかたがたくさんいらっしゃいました。

 

一望できますね。

本来この地は「河内(こうち)」と呼ばれていたぐらい、河川が多く、城造りが難しいとされた地です。それゆえに見渡す限りの「平地」が広がっており、この小高い場所にある高知城からは、遠くまで見通すことができたのです。

長宗我部元親がこの地に築城しようとして諦めてしまった高知城。ここからみればこの地にわざわざ築城する意味が分かると思います。

 

いままで見た建築群は江戸時代につくられたもの

過去の日本では、震災や戦争により、多くの歴史的建造物がなくなってきました。城も例外ではありません。

日本には最大で2万5千という城があり、江戸時代に「1国1城制度」により多くの城が取り壊しにあいました。さらに明治6年の「廃城令」により、わずかな城を残しまた取り壊しにあったのです。

その「1国1城制度」や「廃城令」に加え、地震や戦争などのより、江戸時代から残っていたお城の建築群は次々となくなっていき、2018年の現時点で天守を含む本丸の建築群が残っているのは「高知城」のみとなってしまいました。

当時の様子が現存しているということはとても貴重なことです。

ぜひ高知観光の際に高知城へ行くのなら、420円を払って「天守」へ登ってみてください。きっと当時の様子を垣間見ることができることでしょう。

 

 

事前に要チェック!!高知城情報!!

 

高知城天守・懐徳館・東多門・廊下門の利用料

18歳以上 400円

 

以下の手帳等を窓口で提示いただける方は利用料が無料になります

18歳未満(学生証等をご提示ください)、高知県または高知市長寿手帳、身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳、戦傷病者手帳、被爆者健康手帳

※上記の方を直接介護または介助するために必要な方1名

 

高知城天守・懐徳館等の開館時間

9:00~17:00 (最終入館16:30まで)

※ゴールデンウィークやよさこい祭期間中などは開館時間を延長することがあります。また高知公園は時間に関係なく入園は無料です。

※休館日:12月26日 ~ 1月 1日

 

高知公園駐車場の利用料

乗用自動車(65台) 最初1時間まで 360円(30分延長毎 100円)

 

観光シーズンの駐車場事情について編集長より

高知城付近の駐車場スペースはかなり余裕をもって作られているとおもいます。しかし、高知観光が初めての方などは、比較的高い料金を払いコインパーキングなどに駐車しているのを見受けます。もし、高知城やひろめ市場、帯屋町アーケード、日曜市などの中心地での観光の場合、「中央公園地下駐車場」をお勧めします。

中央公園地下駐車場のサイトはこちらをクリック

 

 

 

 

 

横浜市から高知市へ35歳で移住した田舎暮らしに憧れる編集長の小川みのる(@Twitter)です。1部上場企業を退職。家族の介護の為に高知へ。「よさこい、お酒に寛容な県民性、高知らしいレトロな建物」が大好き。サラリーマンをしながら日夜執筆活動をしています。次の世代へわたしの好きな「高知らしさ」をバトンタッチするためにウェブジャーナルを運営中。趣味でトレランをしています。

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